仙台フィル復興コンサート

仙台フィル復興コンサート
仙台フィル復興コンサート
仙台フィル復興コンサート
ヤマハ仙台店前でお昼に仙台フィルメンバーが中心になりコンサートを開いています。とても集中力が高いパフォーマンスで、心に染み入りました。
音楽家はやはり音楽で人々を勇気づけるのです。


流行病のような自粛ムード。被災地では、自粛を見せつけられると、逆にがっかりするのです。

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反芻している言葉

知恵があるやつは知恵を出そう
力があるやつは力を出そう
金があるやつは金を出そう
自分は何も出せないよ
というやつは元気を出せ

BY 松山千春

震災から三週間、
自分の無力さに向き合うとき、この言葉を胸に反芻している。
「何もできない」というのは死者に対して不遜だ。
少なくとも僕たちは「生きて」いる。

今は

ゆっくり寝て
感謝して食べて
静かに語り合おう

そして

元気が出てきたら周りを見渡そう。

そしたら、できることがきっと見つかる、はずだ。

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路の途中で

昨日は仙台空港、今日は多賀城〜塩竈と、津波で大きな被害にあった地区を車で見て回りました。

先週と比べると路肩の車は撤去され、だいぶ路らしくなってきましたが、乾いた泥が舞い上がる中、スクラップになった車と瓦礫が延々に続く光景を見せつけられると心が萎えてきます。
不感症になった心がぽろぽろ破片になって落ちていくかのように。

ボクタチハ、ダイジョウブナノダロウカ・・・?

でも立ち止まってばかりもいられませんよね、なにせ生き残った僕たちは重いバトンを手渡されているわけですから。

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徐々にですが

徐々にではありますが、仙台の中心部では営業する店も増えてきました。
営業する店が増えてくるだけで、なにかしら元気が湧いてくるものです。

お昼時も数日前までは閑散として、買い出しの行列しか目にしなかったのですが、
今日一番町の壱弐参横町に行ってみるとぽつぽつ限定メニューでのランチを再開してました。
僕は「ススキノ」でカレーライスを食べましたが、久しぶりの高カロリー食はおいしかったですなー。

三越近くのアーケードでは、なかなか昼間は見かけない、国分町におつとめとおぼしき少々派手な装いのお兄さん達が、声を張り上げて食材を売っているのを見かけました。
逞しくも、なんとも不思議な光景(あれは店で仕入れた物を売っていたのだろうか)。

まだまだ仙台は非日常です。

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放射能の影響をどうとらえたらよいのか?

東北大の川島隆太教授(脳トレの方です)が河北新報に以下のコメントを寄せています。
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110321t73060.htm

「現在のレベルの放射線を1ヶ月浴び続けるよりも、タバコ一箱吸う方が皆さんの寿命を縮めます」
「・・・日本からの脱出を試みていますが、飛行機に乗り空気の薄い高高度の場所を飛行する為に、地上にいる時よりも大量の放射線を浴びます」
うーんなるほど。
「危険・安全」は、あくまで確率統計のことであるので、「絶対」ということはいえないことがわかります。

例え危険地域から離れている方でも、小さいお子さんをお持ちの方は、「確率」としてより安全な場所・食物を選択する気持ちは理解できますが、いい年したオッサン・オバサンまで「不安だ・不安だ」と狼狽えるのは確かに見苦しい。
また、「茨城産・福島産」の食物が流通から閉め出される事態には危惧をおぼえます。
過剰な反応が復興の足かせにならねばよいのですが・・・。

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あ、畠山さんだ!

「山は海の恋人」運動で植林・啓蒙活動を行っているカキ養殖業畠山重篤さんのコメントが河北新報に掲載された。
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110321t13020.htm
「人間さえ元気なら、海は元通りになる」

畠山さんも津波でお母さんが行方不明とのことである。
下を向いているばかりではない、力強いメッセージに勇気づけられる。

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有り難かったもの その1

「電気」
14日に電気が復旧し、とりあえず都市生活を維持する一画が確保できた。炊飯器と煮炊きができぐっと楽になった。携帯の基地局に電気が供給し、連絡がつくようになったことも。
電気の有り難み。

「ラジオ」
しばらくBGMとしか付き合いのなかったラジオであるが、今回の震災でその有用性が再評価された。電気がない中では唯一といっていい情報源だったのだから。自分の家族の安否を二の次に放送を続けたアナウンサー、スタッフには頭が下がる。
金曜日のDate-FMでホンマちゃんの声が聴けた時は嬉しかったなー。

「小規模商店」
大規模スーパーがシャッターを下ろす中、団地の小規模スーパーや個人商店、仙台朝市は早くから在庫を放出し、これがどれだけ有り難かったか。デフレの長期化で壊滅寸前だった小規模店舗の底力に改めて気づかされた。本当に先週は食材を求めてみんなが右往左往したのだから。
願わくは、この有り難みを震災後も持ち続けられるように。

そして「家族」
震災から一夜明けてたどり着いた我が家で迎えてくれた家族の笑顔。
タフな状況でも弱音を吐かず切り盛りする妻。
余震が続きライフラインが整わない中でも「楽しんで」生活する少々能天気な娘達。
我が家の誇るべきスタッフ達である。

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雨ニモマケズ・・・

http://www.youtube.com/watch?v=hvFEffacY5g

謙さんからのメッセージ。

被災地では
「困ったねー、いつまで続くのかな?」
「でも、もう少し我慢すればきっと・・・」
というのが日常会話になっています。

東北人の我慢強さなのか、身にしみ込んだ諦観なのか。
それぞれがそれぞれの苦しみ・不安を抱えながら、日々を過ごしているのは確かです。
その点ではこの宮沢賢治の一遍の詩も、我々の深層に伏流水のように流れている心情の一つかもしれません。

ただそれ故に、このままでは声もあげずに消え去っていく人・風景・故郷が多いような気がしてなりません。

あらゆる手だてを使って助けないと、日本人がかろうじて保っていた大切なものが、静かに消滅してしまうように思うのです。

これは東北だけの危機ではない、と思うのは私だけでしょうか?

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震災から1週間

東日本大震災から1週間が経過した。
ようやくネットに繋げる心の余裕ができたので、日々思う事を書き込もうと思う。
業務が忙しくなったらまた更新がおなざりになると思うけれども。

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本当に怒濤の1週間であった。
あの日。
多賀城の45号線で渋滞に捕まっている時に津波に遭い、電信柱に捕まって難を逃れた。
津波の水位が引いてから下に降り、「ネットカフェ花子」に避難し、スタッフの方々の好意で一夜を明かす事ができた。
今でもずぶぬれのまま暗闇で過ごした心細さと寒さを思い出し、未だ同じような立場におかれている被災者の方々の話を聞くにつけ、居たたまれない気持ちになる。あの不安に満ちた時間がずっと続いているのだから。
それとともに、即席の「避難所」作りに奔走してくれた店長以下スタッフの奮闘には頭が下がるし、お礼も言えず翌朝出発したことに今でも悔やんでいる。
ガソリン不足が解消したらお礼にいかねばと思っている。

翌朝、朝の光でみた45号線の惨状・・・泥にまみれた車が何台も折重なり、怪獣かなにか得体の知れないものが通ったような光景・・・今でも脳裏から離れない。

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UTAUツアー2010

Utau

2010年12月18日(日)17:00~19:15 
東京エレクトロンホール・宮城

静寂とは無音ということに如かず

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